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『無事』

景福寺では所蔵の軸を本堂の床に掲げさせていただいております。

今回の軸は『無事』(ぶじ)

「無事」という言葉は、一般的に「事無きを得る」というように、大事に至らずに済んだという意味で使います。

「今年一年無事に過ごせた」ということで年末の茶室で好まれる言葉ですが、禅語としての意味は少し違います。自分自身が佛であることに気付いて外に向かって求める心が止んだ状態を「無事」といいます。

この語は臨済宗の祖、臨済義玄禅師の言葉で、外に向かって求める心をすっかり捨て去った爽やかな境涯を表します。求める心を捨てるといっても、無気力、無関心、惰性で生きろ、ということではありません。また、財産や名誉をあくせく求めるな、という表面的な戒めとも違います。「さとり」「ほとけ」「救い」「しあわせ」などといったものを頭に描いて、それを自分の外に求める愚かさを戒めた言葉でもあります。

ああしたい、こうなりたい、といった願いを自分の外に求める心を捨てて、限りなく純真無垢である自分自身と出会うとき、私たちは無限にして偉大なるものに生かされていることに気付くことができるのです。

 

作者(筆者) 大本山永平寺第七十六世貫首  秦 慧玉 禅師

明治二十九年神戸生まれ。旧駒沢大学卒業後、鬼道場といわれる岐阜県井深の正眼寺にて修行。東京帝国大学、東北帝国大学で学ぶ。昭和二年、駒沢大学教授に就任。埼玉東栄寺、東京田中寺、兵庫長松寺住職を歴任。昭和三十三年、大本山永平寺後堂、昭和五十年、副貫首に就任。昭和五十一年、大本山永平寺第七十六世貫首に就任。昭和六十年一月二日御遷化。(世寿九十才)

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